笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

G君、ミュンヘンへ。

 先月、我等が新星テノールのG君がミュンヘンの歌劇場の研修生のオーディションを受けた。
 G君はコソヴォの出身。コソヴォといえば7年前から私が毎夏旅行している旧ユーゴスラヴィアの国だが未だ行ったことはない。20世紀末のセルビアとの紛争が記憶に残るが、若い学生達にとっては、「コソヴォってどこ?」という感じらしい。入学試験で歌ったモーツァルト魔笛のアリアが印象に残ったのは一昨年の夏。
 オーディションは例によってオンライン。G君は旧ユーゴの人達特有ののんびりぶりを発揮してオーディション前日に、「明日部屋が取れるかなぁ。」などと言っている。こんな事もあろうかと少し広めの部屋を取っておいてやって良かったッ(感謝すること)!先方の試験官の声が度々途切れるのでこちらの歌がちゃんと聴こえているのか不安になりながらの第1次審査だったが、その日の夜に通知が来て翌日の3時に第2次審査が行われることになった。
 ということはトップバッター!3時からしか部屋を取っていなかったので前の学生に頼んで15分早く部屋に入れてもらう。昨日より更に狭い部屋で昨日より接続が更に悪く、試験官の話が途切れ途切れに聞こえる不安の中ドニゼッティの名曲『一滴の涙』を歌う。
 歌い終わったら次の曲を指定されると思いきや、「レガートを更に意識してもう一度歌って下さい。」「2番をピアノで聴かせて下さい。」と意外な展開に。アーティキュレーションや音量の差がどの位伝わっているか気になったものの試験官の口から頻りに、「貴方はとても若い。」「素晴らしい声をお持ちだ。」との言葉が聞かれたのでG君の潜在能力は注目されたらしい。凡そ15分でオーディションは終わった。
 終わったらG君ただでさえ細いまなこを三日月のように細くして急ぎスーパーからビールを6本仕入れて来てありがとうございます〜ありがとうございます〜(時間が早いのと店が閉まっているのとで)一緒に飲めなくて残念です〜と私にくれた。
 数時間後、自販機のまず〜いコーヒーを買いに行こうとしたら暗がりに起き上がる影が。近づいてみるとまなこが更に細く二日月になったG君であった。
「さっき歌劇場からメールが来て、僕合格しました。」
・・・素晴らしい!合格したのはドイツでも特に人気の高い歌劇場。今にG君をオペラの舞台で観られることを期待します。
 ・・・かくしてハンブルク音楽大学は新星を失うのであった。