笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

ジャイアンパーティー

 7月11日、な〜んとジャイアン先生クラスのパーティーに呼ばれた。コロナ以前に比べてクラスの雰囲気が随分和やかになりジャイアン先生も心に余裕が出て来たのか!?

 先月めでたく卒業したS(トルコ)は残念ながら来られなかったが翌々日に卒業演奏会を控えた早熟G(韓国)も明日北フランスに帰省する迫力娘Lも来てジャイアン家(剛田雑貨店?)のテラスは満席になった。
 ビール瓶を片手にGと共にテラスからキッチンに行こうとしたらすっ転んで華やかに尻餅をついたッ!にも関わらずビールを一滴も零さなかった自分の浅ましさを認識して生きて行くのがイヤになりました。
 剛田雑貨店にはバーベキュー用具がテラスに設置されていて先生自らジュージュー焼いて下さった。
「オレは肉を焼くからな!後はお前ら好きなモン持って来いよ!」
(ジャイアンシチューではなかった)ということで私は梅酒と一口おにぎりと一口最中を持って行きました。サービスしすぎ?
 でもジャイアン先生も肉のみならず魚や野菜も用意してくれ大盤振る舞い。豪快さも師匠譲りなのか学生さんも食欲旺盛でみんなで次々と飲み食いしまくりました。大病から復帰されたばかりの奥様もお元気そう!
 食いまくり終わったらそれぞれ今学期を振り返りましょう!のコーナーが設けられ最後には先生自ら1人1人にコメントを…中々有意義なパーティーぢゃねェか。1番気楽に座っていたのは私かも知れない。
 エネルギー底なしのジャイアン先生に私よりも30歳も若い人達よりも早く年寄りの私は(それでも)11時頃にお先に失礼しました。一口おにぎりが全部売れてほっ…。私が1人でいっぱい食べた訳ではありませんよ!


 さて、2日後には早熟Gの演奏会。ドビュッシーのトリオが難曲です。

ムノツィルの花束

 7月12日、ムノツィルブラスがハンブルクに!昨年の公演を逃したので2年ぶり。今回も会場は今やハンブルクの観光名所になってしまったエルプ・フィルハーモニー。

 今年はデビュー30周年の特別プログラム『シュトラウス』で世界各地を回っている。シュトラウスといえば交響詩の大家リヒャルト・シュトラウスにワルツ王ヨハン・シュトラウス。どちらも主要なオーストリアの作曲家。そしてシュトラウスとは『花束』の意。ウィーンを拠点とする彼等のプログラムはリヒャルト・シュトラウスの『薔薇の騎士』やヨハン・シュトラウスの『春の声』や『美しく青きドナウ』などのウィンナー・ワルツの旋律を束ねた花束のようだった。途中ラヴェルが作曲したウィンナー・ワルツへのオマージュ『ラ・ヴァルス』の主題も輝かしく現れ、いつものムノツィル・ブラスと同じくエネルギッシュでいつまでも楽しんでいたいステージだった。ひさ〜びさにラ・ヴァルスを弾きたくなった(もう弾けないかも)。
 今回は歌が少なかった。声量や音域が以前とは変わって来たのかも…と思ったが実際には渋さが増したような気がした。


 終演に際していつも演奏をバックにリーダーのトーマスさんがメンバー紹介をするのだが今回はちょっと様子が違った。会場は広いしマイクを使わないスピーチなので良く分からなかった(聞こえても理解出来なかったかも)がテューバのヴィルフリートさんが紹介されると客席から大きな溜息。もしや引退!?続いて彼自身がスピーチをした後トロンボーンのレオンハルトさんが、
「もう1度ヴィルフリートに盛大な拍手を!!」
と締め括った。


 いつも彼等の演奏会が終わるとあ〜ん終わっちゃった〜と淋しい気分になるが今回はより一層。初めて聴いたのは2005年。2年後リエクサで毎晩一緒に飲んだ時にはヴィルフリートさんとはあまりお話出来なかったがずっと同じメンバーだっただけに誰かが抜けるのは残念。比較的小柄な彼が大きなテューバを持ったまま踊りながら吹くエネルギーにいつも感心していました。吹いていない時には良く見ると顔芸で楽しませてくれました。長い間お疲れ様でした!大感謝です!

ダヴィッド・フリクリがハンブルクに!

 7月9日、昨秋のショパン・コンクールでファンになったダヴィッド・フリクリ氏(ジョージア)が何とハンブルクにてリサイタル!昨年のシャルル君といいショパン協会ハンブルク支部長の我等が教授殿◯ー◯ルト(ポーランド)は私の最も聴きたいピアニストを2年続けて招待した。演奏に先立って◯ー◯ルトは、

「紳士淑女の皆様、私も会場で深夜の結果発表を聞きました。下位から受賞者が発表され残すは第1位のみとなり我々はフリクリ氏が受賞すると確信していました。しかしなんということでしょう!呼ばれたのは全く別のピアニストでした。紳士淑女の皆様、彼には唯1つの賞も与えられなかったのです!」
 何回紳士淑女って言うのと思いつつその通りその通りと聞いた。◯ー◯ルトは胡散臭い人物だと思っていた(いる)が少なくとも音楽的な趣味は私に近いらしい。今後も聴きたいピアニストを毎年招待して欲しいものです。


 会場は博物館鏡の間で楽器は協賛のシゲル・カワイ。何度も弾いたことのある会場だがピアノは舞台上ではなく客席と同じ高さ(舞台上だと響きが良くないので安心)でホールを通常の縦ではなく横に使い客席は楽器を中心に半円形に並べられている。今日のプログラムはブラームス・シューマン・ショパンの特に情熱的な作品が予定されており、ピアノと客席の距離がかなり近い。もし若さ爆発情熱熱烈な演奏ならば音量が少々心配である。


 全く違う。彼は今をときめく数多の私を見て私を聞いてピアニストとは、全く違う。


 楽器・ホール・作品・自分ともしかすると聴衆の雰囲気までを客観的に判断して最良のバランスをとり、情熱も叙情性も妥協しない。無駄な動きは一切なく全て音で表現する。私も決して精神年齢が低い方ではないつもりだが、自分が25歳だった時のことを考えるとフリクリ氏のピアニストとしての成熟ぶりは尊敬である。しかもブラームスの4つの小品もショパンのソナタ第3番も精神的に極めて深い作品なのに。
 ブラームスやシューマンでショパンとは違う深く柔らかい強音が出せるか個人的に注目していたがブラームスの第4曲『狂詩曲』で大いに満足。シューマンの『クライスレリアーナ』では各曲の主題は勿論第2主題や中間部が印象的だった。第2曲の最初の間奏は回想の中のダンスのように軽やか且つ儚げ。第3曲の中間部は不安を拭えない2人の静かな会話のようだった。最終第8曲では急激に燃え上がる第2エピソードの組み立てに大共感。
 休憩後のショパンで椅子を下げたッ!これは大昔にフランスの先生から教わった方法だが実際にやった人を初めて見たッ!更に深く共感ッ!
 ショパンはより明確に繊細になりバラード第2番では徐々に移り変わる心情が感じられた。4つのマズルカ作品17でもシューマン同様に各曲の中間部が印象的だった。ソナタ第3番では強弱や速度などの細かいことは覚えていないが様々な情景が頭の中を巡った。音色は画面を通して聴いた時よりも柔らかく感じた。最後の和音が正に!という感じだった。
 アンコールはショパンを3曲。会場中が彼のファンになったような雰囲気の中特に笑顔を振りまくでもなく丁寧に厳粛に御辞儀を繰り返して入退場。客席の中をすり抜けて行くので通路側に座った人は背中を叩いたり(相撲)ハイタッチをしたり(プロレス)したかったのではなかろうか。


 演奏中に撮影女(多分◯ー◯ルトの手下)が客席内を移動してそれを◯ー◯ルトが『素晴らしいカメラマン』と紹介して意識の低さに呆れたりもしましたが、生で聴いてもやっぱり感激のピアニストだったダヴィッド・フリクリ氏の演奏会を今後も聴きまくろうと決めたです。


 一緒に聴いたプリケツM(テノール・ドイツ)もその色彩感と幻想性に感動したそう。
「でも彼40歳に見えるね!」
…実年齢25歳です。

第4ジャイアンファンタジー

 7月8日、既にジャイアン先生の下での修士課程進学を決めているフルートの元気な娘Y1(台湾)の卒業演奏会。私が弾くのはジャイアン先生の新作『シェヘラザード幻想曲(ジャイアンファンタジー第4番)』とプロコフィエフのソナタ。これだけでも40分かかるのに無伴奏曲を2曲と更にピアノ伴奏版では私も何百回弾いたか分からないジョリヴェの『リノスの歌』を室内楽版で。難曲だが大丈夫だろうか…。

 マイ初演になるジャイアンファンタジー第4番は今までの3曲がプッチーニの歌劇に基づくものだったのに対しリムスキー・コルサコフの有名な管弦楽曲による。プッチーニの歌劇と比較すれば当然だがジャイアン先生らしくなくしっとりとした仕上がり。元気娘には前3作の方が似合うのでは?と思ったが彼女、中々優雅に吹くんです。
 ジャイアン先生はピアニストではないので彼の書くピアノ・パートは時々とても弾きづらい。今回は終楽章の間奏について、
「ノブエ、ピアノでこの音型はどのくらいの速さで弾ける?」
と訊かれたので馬鹿正直に最速演奏に挑戦してみせた。いざ完成作品を弾くにあたって問題の間奏がすご〜く難しくて、
「あの時もっとゆっくり弾いてみせれば良かったッ!」
と思いながら弾きました…。
 例のジョリヴェは明るくて愉快なY2の沢山の友達から適任者を選んだらしく、複雑なアンサンブルもばっちりでした。

声楽的1週間であった

 6月30日、ラーメンを愛するJ(ソプラノ・ドイツ)とシューベルトの絶筆『岩の上の羊飼い』を撮影。クラリネットのF(ドイツ)は彼女が日本人で案の定ラーメン談義になり、ハンブルクで1番好きなラーメン屋については3人の意見が一致した。それはさておき予約した広めの部屋にはファゴットの学生が頻繁に楽器を出し入れに来るのでドアの前に注意書きを立てる。
『長〜い歌曲を撮影中。(譜例1)チャ〜リラ〜 → 10分 (譜例2)トタトタト → 5分 (譜例3)フチャチャチャ → 2分お待ち下さい。』
…この文章が気に入ってFは写真を撮った。演奏は最後のフレーズでJが入り間違えた…。

 


 7月2日、オペラ科の非公開卒業試験にてドラちゃん(テノール・中国)の伴奏。オペラ・アリアを6曲。グノーの『ファウスト』やレハールの『ほほえみの国』などの王道にバーンスタインの『ウェストサイド物語』が続くかなりハードなプログラム。前々日の合わせに比べると不出来だったが無事合格。彼の前に歌ったE(ソプラノ・ドイツ)共々後日、
「オペラ科が終わってせいせいしたッ!」
と言っていたので改めてオペラ科と関わりが薄くて良かったッ!と胸を撫で下ろす。ドラちゃんはこの珍しい花をくれておいし〜四川料理のお店に連れて行ってくれました。
f:id:KomikerpianistNI:20260722071030j:image


 同日夜、元具合弟子のF(ソプラノ・デンマーク)の声楽教室の発表会にて伴奏。
「私妊娠中だから驚かないでね!」
と言われていたがいざ会ってみるとかなり育っている!女の子だそう。元彼と別れてウンザリしていた彼女を2度見ていたので誠にめでたいのであります。
「みんなアマチュアでレヴェルにはかなりの差があるわよ。」
と聞いていたが音痴もリズム音痴もおらず伴奏者としてはありがたし。バッハの2重唱が難しくてただでさえヒィヒィ言いながら弾いていたら、
「私達息がもたないのでもっと速いテンポでお願いします!」
とお願いされ、ヒィヒィ言う暇もなく弾きました…。皆さん本番が1番良い出来なのは羨ましいです。
 終了後丁度ハンブルクに滞在中の和菓子(我が師)と以前の彼の行きつけのビストロで会う約束だったのだがトロンボーンの山羊夫(日本)も一時帰国前の唯一の暇な夜だったので無謀にも3人で飲むことに…。殆ど初対面なのに相性悪かったらと心配したが何故か大盛り上がり…。和菓子はわざわざ日本語でたのしかったとメッセージをくれまた一緒に飲もうと約束したのでした…。

 


 7月4日、具合クラス学内演奏会。今学期私が担当するクラスはいずれも小さなクラスだが7クラス。内学内演奏会が有ったのはたったの2クラス!!!同僚M(ブルガリア)は2クラス担当で演奏会4回!!!楽しちゃってすみません。
 5月に友人の作品で猫の気持ちを日本語で歌ってくれたJ(メゾソプラノ・ドイツ)と体調不良の同じくJ(バリトン・ドイツ)が欠場し7人参加。こちらもみんな本番に強くて素晴らしい。前述のEは8年間の学生生活最後の学内演奏会。具合先生も唸る見事な歌を聴かせたが、


「アガーテで歌詞を間違えちゃった!もう1度録画に付き合って〜!」


…勿論!楽しみにしてま〜す!
 
 前回は極寒+ストのせいで打ち上げナシ(許さん)でしたが今回は新装開店なった大きな飲み屋(既に常時ガラガラにつき長持ちしないであろう)にて宴会。なんと私は終演後ホールに居座り数日後に同会場にて卒業演奏会を行うフルートのY1(台湾)と通し練習を行なってから約1時間後に合流。当然ながらすっかり和やかな雰囲気が出来上がっていた。
 傑作はイケメン新入生のK(ドイツ)。1人暮らしも1年生の彼は一生懸命料理に挑戦し今では6種は出来るようになったそう。既に私よりも多彩かも知れない…。


K「ボロネーゼと、卵炒飯と…」
YY(バリトン・台湾)「ぢゃあ1週間日替わりメニューが出来るね!」


…この場合傑作はYYの方か。


私「そして日曜日はレストランへ!」


 いつでも大抵1人は気難しい人がいてクラスは平和とはいかないのが常だが今具合クラスの雰囲気は凄く良い。過去8年ムードメーカーだった(本人は気づいていないかも知れないが)Eがクラスを去ってもこの友好ムードが続けば良いですが…。

副主席、やっと決まる

 ブレーメンのオケのオーディションへ。ヴィオラの副主席が中々決まらない。

「誰が受かるように君がインスピレーションを送ってよ!」
とロボット先生に言われていた(笑)。

 前日にブレーメン入りして鼠男(バリトン・日本)と合わせをして飲むつもりがあまりの暑さに練習は中止。更には鼠男の歯が折れて飲みもお流れ。


 私は本当に不幸を呼ぶ男なのだろうか…。


 電車の中から同じくブレーメン在住の指揮者S氏(日本)に急で悪いが偶然空いているかも知れないし!とメッセージを送ってみる。


「いますが只今ベロンベロンです。」


という返信が…。続きは支離滅裂になってやたらと句読点が多いし意味も分からない。でもまだ昼過ぎなんだけど…すぐ寝るって…まさかホントにベロンベロンな訳はないよねェ。かくしてわざわざブレーメンまで行って1人でイタリアンに入るバカバカしさ。初めてのイタリアンでは必ず頼むカルボナーラは中々の味でしたが繁忙時で全ての店員さんミニパニック。お皿を持って叫びながら走り回る店員さんとは対照的に私の席の直ぐ前の料理長さんは超冷静沈着。次回も観察に来ようかと思います。


 翌日S氏から平謝りメール。ホントにベロンベロンだったのか…。


 4時には卒業演奏会を間近に控えた2人のジャイ弟子にくっついてジャイレッスンに行きたかったので受験者が少ないとい〜な〜と思っていたら願い通じて3人だけ。1人目は後5年早かったら…2人目は後10年早かったら素晴らしい同僚になれただろうに…。結局3人目の若いドイツ人女性が遂に副主席の座を射止め私もロボット先生の望みを叶えてやりました(尊大)。


 電車もめづらしく遅れずジャイ弟子達の望みも叶えてやりました。

イタリアのバリトン!

 丁度ハンブルクの歌劇場で『セヴィリアの理髪師』のフィガロを歌っているバリトンのオリヴィエリさんのレッスンを友人の友人V(セルビア)が受講した。伴奏を頼まれてラッキー!面白かったッッッ!

 イタリア人男性歌手と聞けば何故かのーてんきな人を想像してしまう(偏見)のだが彼は正に声のインテリ。響きの明るさ・暗さ・方向性など言葉での説明も英語の悲惨な私にでも理解出来そうなほど分かり易い上にそれらを全て自分の声で示してくれるから更に面白かったッ!おまけに要領の良い力の配分なども教えてくれてVも大変勉強になったことであろう。
 それにしても母国語が声ばかりか身体に及ぼす影響は興味深く、イタリア語とセルビア語では母音の明るさも子音の深さも違いが大きく子供の頃からどの言葉を話しているかで地声も変わって来るのでせう。数年前に亡くなったピアノのFさんも幼少時からドイツで過ごし、日本語を話す時でも良く通る渋い声で子音は超明瞭だった。そういえば他には全然勉強にならなかったフルートのミュージックイェーイ先生(ブラジル)がスペイン語が母国語の生徒さんに、
「スペイン語は舌の使い方が◯◯なので(詳細は忘れた)響きが◯◯になる人が多いです。」
と言っていた。なるほど。アルゼンチンのフルートの大王様がその音色のみならず話し声を同級生達が『アヒル語』と言っていたことにまで納得する興味深いレッスンでありました。是非彼の歌を聴きたい!と思ったら残り2回の公演はいづれも都合がつかず(涙)。でっでも12月に追加公演が有るそうなので今から日程をチェックせねば!と思っております。