8年前に入院した時にも面白いことがあったのを思い出した。今回のテーマは『いきなり日本語』です。
其の一 ただならぬ物乞い
20年以上前、ブレーメンで後輩の試験の伴奏をして真夜中にハンブルクに帰った。当時のドイツ鉄道は今よりずっとずーっとマシで定刻の到着だったがそれでも0時を過ぎていたので駅からバス停へ急いだ。僅か2分程度だがその間見事に1人の路上生活者に呼び止められた。
「小銭を恵んでいただけませんか(勿論ドイツ語)?」
私は必要以上にぶっきらぼうに、
「生憎小銭は持ち合わせておりませんッ(なんとかドイツ語)。」
と答えた。
すると衝撃の反応が!!!
「スミマセン。オヤスミナサイ。」
!!!なんでいきなり日本語!?思わず笑いながらオヤスミナサイと返事してしまった…。少しくらいお渡ししても良かったかななんて思ったりして。
其の二 教師の労い
暗黒政治家講習会初日。レッスンは13時開始。12時55分にカフェテリアでコーヒーを飲んでいたら暗黒政治家がやって来て、
「何をしてるんだ!先生をお出迎えしろ!」
と言った。???と思いつつ会場に向かうとまもなくアメリカ人の先生がやって来た。髪は殆ど無く小柄でしかめっ面、白い(クタクタの)シャツにジーンズにこれまた白いスニーカー。この人ホントにヴィオラの名手!?と思っていたら、
「ハジメマシテ。」
…!!!なんで日本語!?と思ったら、
「僕の奥さんは日本人なんです(英語)。」
ということで納得。レッスンはそのご面相に相応しく的確で時に厳しく、チャラチャラした学生に、
「このまま続けたら君に将来はない。」
と苦言を呈したり…。そうして講習会最終日、日本人学生が最後のレッスンで成長ぶりを披露したら、
「ヨウガンバッタネ。」
…!!!なんで関西弁!?
其の三 予後観察
8年前に盲腸炎で入院!初手術!したのも今回と同じ大学病院で、退院の1日か2日前に内科医の先生が研修の学生2人を連れて術後の経過はどうかと訊きにやって来た。学生さんは男女1人ずつで女性の方は金髪をおさげに結って眼鏡を掛けた、いかにも医学生らしい感じの人だった。先生は言われた。
「イトサンは◯◯日前に盲腸の手術を受けました。まもなく退院予定です。何か質問があったら是非訊いてみなさい。」
それから女学生に向かって、
「君にとっても良い機会だよ!」
と。なんで彼女にだけ?と思ったらそのおさげに眼鏡の彼女は神妙な表情で、
「イマハ、ハラガ、イタイ?」
!!!なんで!?何も考えずにドイツ語で答えてしまったが彼女には先ず日本語で返事するべきだったかも知れない。
其の四 優しい出国審査
一時帰国の際にはいつも同じ空港で乗り換える訳ではなく(チケットを予約するのが遅くて運良く空席がある便に乗るから)この時はフィンランドのヘルシンキ経由だった。以前何度も友人を訪ねたフィンランド。出来れば久々に数日滞在したかったがそうはいかない。
空港だけでも懐かしい。床の色・フィンランド語の行き先表示・リエクサでは毎晩浴びるように飲んだフィンランドビール…。しっしかし!パスポートコントロールは勿論ドイツ語ではなく英語。無事に通過出来るか毎回ハラハラする小心者である。マズい物は持っていないし止められる訳はないんだけど…。
私の担当は明るい金髪に明るい色のまなこ、やや面長で端正な顔立ちの典型的フィンランド人男性だった。印象も典型的で私情を挟まず淡々と職務をこなすクールな人だと思った。ドイツやハンガリーの国境で時々お目にかかる気さくでユーモラスな雰囲気ではなかった。
さぁて問題の英語の時間。
「どっどうぞっ…。」
とパスポートを差し出すと彼はヒラヒラと数ページめくって、
「ドイツにお住まいですね?」
と英語で言った。もしやドイツ語が出来る?という淡い期待と共に、
「はっはいっ。」
と英語で(そんなこと誰だって言えるよね)答えると次なる彼の質問は職務には関係のない個人的なものだった。
「オタルヲシッテイマスカ?」
!!!なんで!?
お陰で緊張感はどこかにすっ飛んで行きこの人はドイツ語が出来て私が北海道出身だと知っているんだ〜(そんな訳ないのに)と勝手に思い込み、
「はい知っています!私も北海道から来ました!」
とドイツ語で答えたのだったが、この時も日本語で答えるべきだったかも知れない…。