笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

渡瀬恒彦さんを悼む

 3月、成田空港から上野で乗り換えて山形を目指した。眠かったが初めて訪れる山形に思いを馳せわくわくしながら新幹線に乗った。
 各車両前方の電光掲示板に流れるニュース速報で俳優の渡瀬恒彦さんの訃報を知った。大ショック!丁度昨秋一時帰国した際に体調不良でほぼ四半世紀に亘って演じ続けた十津川警部役を降板したと聞き心配していたが・・・。

 東京で一人暮らしをしていた頃はあまりテレビを観なかったのだが、ドイツから一時帰国をする度にタイミング良く放送されていた十津川警部シリーズは母が大好きで良く一緒に観た(続く番組では緊張感からの解放の為か思考が余計にバカバカしくなることもあったhttp://www.geocities.jp/itobaku0905/itobaku100.html)。
 十津川警部を演じる渡瀬さんの印象と言えばクール。感情を表面に出さない淡々とした演技の中に見る眼差し、対象を見据えた眼差しが心に残る。軽く結んだへの字口も。その中で稀に感情を露わにする場面で見せた表情はより強い印象を残した。銃口を向ける犯人と対峙した後、「怖かった・・・。」と座り込むシーン、同僚に、「死んじまうぞ!」と制止される程に凶悪な犯人を殴りつけるシーン、ファンに薔薇の花束を贈られ嬉しそうに笑うシーン・・・。

 訃報から1週間後、彼の出演した最後の作品が放送された。亡くなる1か月前に撮影されたものだ。2日間に亘って放送された大作で、渡瀬さんの出番は1日目で終わったと思った人もいただろうが、私は原作を知っていたので恐らく彼が犯人役だろうと予想していたが、事実その通りで終末には15分近い犯人の独白が有った。犯人は癌に侵され全てを告白した後拳銃自殺を遂げるのだが、自身も癌を患っていた渡瀬さんの演技は正に死力を尽くした迫真の演技で息を殺して観た。あまりの凄演に渡瀬恒彦という人間は本当に人を殺したかったのではないかと思う程であった。これを演じて1か月後に亡くなられたと思うと、「良く頑張ったね。」という言葉が――本来は全く烏滸がましいが――彼にかける自然な言葉のように思えた。

 命を削って役者魂を貫いた渡瀬恒彦さん。最期にはきっとこの様に天に昇って行かれたと願っています。
https://www.youtube.com/watch?v=DNQH0qBNHMo&spfreload=10