笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

さようならFさん。

 詩情豊かなチャランポランピアニストAの卒業演奏会を聴きに行く途中Tさんから電話があった。1月半ばにピアニストのFさんが亡くなったという知らせだった。

 Fさんに初めてお会いしたのは私がドイツに来てわりと直ぐ、2002年だったと思う。レッスンの時に我が師が唐突に、「猫は好きか?」と訊くので、「猫より好きな物なんて有りません。」と答えたところ、彼女を紹介されたのだ。演奏旅行で家を空けることが多かった彼女の留守中に2匹の猫の様子を見に行くことを引き受けた。
 Fさんは幼少時にご両親と共にドイツに移り住まれた為、日本語よりもドイツ語の方が完璧で、当時今よりももっとドイツ語が分からなかった私に日本語で置き手紙を書いて下さった。文末には「じをわらわないで!」と書き添えてあった。
 2004年の私の非公開卒業試験で協奏曲の伴奏をして頂いた。友人のピアニストA(スペイン)が、「私、彼女の演奏好き!」と目を輝かせた。Fさんご本人は、「モウ、Ralf(我が師)がめくってくれないからグチャグチャになっちゃったじゃない・・・オレがめくるー‼っていうから頼んだのに。」とご立腹だったが、「グチャグチャになっちゃったじゃない」の発音がとても明快に楽しく響いて微笑まずにはいられなかった。お礼はどうしても受け取って下さらなかった。
 その直後に乳癌の手術をされた。元気になられてからも留守宅に猫ちゃん達に楽しみに会いに行った。ただ、Fさんご自身にはなかなかお会い出来ず、電話をする度に、「今度絶対会おうね!」と言って下さっていた。
 最後にお会いしたのは数年前。Tさんが出演した演奏会だった。その後癌が再発したと聞き、心配なのと同時にどうお声をかけて良いか分からず、なかなか電話出来なくなった。
 それでもTさんを通じて何度も、「絶対会おうね。」と伝言を下さったが、遂に会えないままだった。約束していたカレーパーティーも出来なかった。

 数日後、彼女と親しかった調律師のSさんの言うところによると、彼は亡くなる2日前にFさんに会ったそう。彼女は講習会を開催する予定でピアノの調律をSさんに依頼し、翌日には受講生がハンブルクに到着し、その翌日に息を引き取ったという。何という音楽への情熱!

 一週間後に学生の卒業演奏会で弾いたブラームスヴィオラソナタ第2番第1楽章の結尾部でFさんのことが思い出された。もう一度会いたかった、と。