笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

クレムスミュンスターにて

 7月21日、シャルル・リシャール=アムランのリサイタルを聴きにオーストリアリンツ郊外のクレムスミュンスターへ。ショパンコンクールから間もなく3年が経つが意外にもオーストリアでの演奏会は初めてだそう。実は売り切れないうちに友人の分も含めて3枚チケットを買ったのだがその友人達が行けなくなってしまい、残り2枚のチケットをどうしたものか思案しながらホテルに到着した。
 支配人の女性が、「貴方も演奏会を聴きにいらしたんですか?」と私に尋ねた。おおやはり今日の演奏会は町にとっても大きな行事なのだなと思いあっさりハイと答えると何と!
「演奏者の方もこちらにお泊りなんですよ!」
・・・ホントですか?
「朝食時にお会い出来るかも知れませんよ!」
ぢゃあ早起きしなきゃ!7時とか?と言うと、
「彼はそんなに早く起きませんよ~。せいぜい8時半ってとこですね。」
何故かやっぱり、と思った。そういえばコンクールの第3予選でも朝一番に弾き終えた後舞台裏に戻るや否やお休みなさ~いのポーズをしていたっけ。
 
 彼女は言った。きっと素晴らしい演奏会になりますよ~!と。それは確実です!彼は素晴らしい音楽家ですから!ところで何方か演奏会に行きたくて未だチケットをお持ちでない方をご存じありませんか?と試しに訊いてみた。いなければ早めに会場に行って受付付近に張り込みダフ屋になる決意。
 すると支配人の妹さんとお友達が買って下さったッ!安心して部屋に荷物を置き散歩しながら会場に向かおうとすると・・・
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 ホテルの入り口にカナダと日本の国旗が掲げてある。
 あの~奥様、カナダは分かりますよ。でも何故日本?と訊くと、
「貴方の為です!」って。恥ずかしくもお気遣いが嬉しかった。
 
 クレムスミュンスターは本当に小さな町で、散歩するには多くの時間は必要ない。演奏会終了後に食いっ逸れないようにレストランを血眼で探すが、連休中につき閉まっている店が殆ど。もしあのピザ屋さんが閉まっていたらホテルのミニバーのピーナッツとビールで我慢だぞ・・・と覚悟を決める。
 市庁舎脇の階段をおよそ200段上った所に在る修道院の中のホールが今日の会場です。修道院自体が重要な建造物と言って良いでしょう。
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 ホールは御覧の様に明るく広々として天井も高くいかにも音響が良さそう。事前にピアノを覗きに行くとスタインウェイでした。後から後からお客様が続いて席がだんだん埋め尽くされていく。隣に支配人の妹さんも到着したがお顔を拝見して直に分かったッ(要するに似ていたッ)!
 主催者の方が演奏に先立ってご挨拶。何とリシャール=アムランさんはご病気で一晩演奏しきれるか心配だということである。演奏者の方には頑張って~!お客様には楽しんで~!と彼女は挨拶を締めくくり、ピアニスト登場。病気とはいえ相変わらず丁寧なお辞儀。今日はショパンの作品によるプログラムで、遺作の夜想曲即興曲全4曲と英雄ポロネーズ、後半はバラード全4曲が続く。
 
 ところが演奏が始まるとホントに病気なのかと疑いたくなるほど明るい響き、豊かで起伏に富んだ表情。彼自身の表情も豊かで笑顔すら垣間見られる。音楽の中に入り込むとこの人は自分が病気であることも忘れられるのだろうか・・・。
 即興曲は昨年ワルシャワでも全曲を聴いたが、今回最も印象に残ったのは暖かさの中にほろ苦さも感じられた第3番。久々に自分でも弾いてみようかな・・・。
 バラードは優雅にして悲しい第1番、対照の大きさが個性的だった第2番、いつ聴いても隅々まで美しく且つストーリー性が凝縮された第3番と一曲一曲様々な幻想を見せてくれたのだが第4番での徐々に高まる緊張感の中で突然見せる驚く程の軽やかさが特に心に残った。
 アンコールはバッハのアリオーソ。これも昨年聴いたが本当に完璧に歌い切られたフレージング。息をつかせないが、ゆとりが有る。今日は流石に1曲で終わりでしょーと思ったら『別れの曲』も弾いてくれた。要はこれで終わりってことか。
 
 今日も大満足(演奏内容は勿論のことちゃんと全曲聴けたし)で慌ててピザ屋さんへ駆け込む。「未だ開いていますかあっ!?」と訊くと、「11時まで開いていますよおっ!」とのことで安心してピザとビールを貪る。
 

 ホテルに帰ると丁度到着したリシャール=アムランが支配人と英会話をしていた。旅先でドイツ語運の強い私も今回ばかりはダメだったか・・・と思いつつ英語で素晴らしかった!気分はどう?と訊いてみる。彼は「疲れた。」を連発していたものの病気の方は大したことはなさそう。ほっ。
 私もピアニストですと言うと彼は名刺を持っているか訊いた。今までで一番名刺を作っておけば良かったッ!と思った・・・。
「日本の人はいつも名刺をくれるから・・・」と彼。もしかして私は典型的な日本人ではないのかも・・・と言うと、
「何年ドイツに住んでいるの?」と訊く。17年近く、と聞いて彼は、
「じゃあもうヨーロッパ人だね!」と笑顔で言った。

 
 シャルル・リシャール=アムラン、面白い人決定。
 
 人間いざという時には思いもしないことを口走るもので私は何を思ったか、「トイヴォ・クーラという作曲家を知ってる?」と尋ねた。彼の小品を出発前日に録音したまま鞄から出すのを忘れていたのだが、何となくリシャール=アムランに弾いて欲しいと思ったのだ。

「良かったら明日朝食の時に楽譜を見せてくれる?8時にタクシーを頼んだから7時頃になるけど・・・。」
かくして朝食をご一緒することになった。どっこい早起きだ・・・。
 リシャール=アムランはとてもフレンドリーで話しやすく、音楽に対して真面目な人で、短い間に楽しい話を色々聞かせてもらった。今勉強したい曲のこと、札幌のオーケストラのこと、シンガポールのホールのことなど。悲惨な英語で頻繁に会話を中断する私に彼は、
「僕ドイツ語出来ないから・・・」
と言った。じ~ん。『この人もっと英語を勉強した方が・・・』と思うのが普通であろう。
 室内楽も好きだがソロの演奏会が多くて時間が無いとボヤいていたが、「20年後みんなが僕を忘れたら出来るよ、きっと。」と言った。彼の室内楽は勿論聴きたいものの、この調子で真摯な姿勢を保ち続ければ人々は彼を忘れないのではなかろうか、と思った。

 別れに際してホテルの奥様とのツーショットを撮らせてもらった。このブログを見る人は殆どいないとは思うものの、掲載は控えさせて頂きます。