笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

王の変身

 ダヴィデ王がやって来た。

 …実は以前1度だけ彼の講習会で伴奏をさせていただく栄誉に預かったのでございますが、毎日45分遅れてお出ましになったと思ったらお急ぎになるでもお謝りになるでもなく朝のコーヒーをテラスにてごゆるりと楽しまれ、レッスンではお気に召さない受講生にお八つ当たりあそばされ、母国語でスラングの数々をお呟きになったので、このような暴君にお仕えするのはまっぴら御免と今後のお付き合い固くご辞退申し上げたら王様は大変なショックを受けておられたと主催者の腹話術人形(ブラジル)から聞いた。要するにピアニストとしてはご評価下さったらしい。
 その後も毎年ハンブルクにお出ましになったが腹話術人形や参加者から王様はピアニストにもお八つ当たりなさったとかピアニストをクビになさってご自分のピアニストをシュトゥットガルトからお呼び寄せになったとか様々な情報を耳にし、何度頼まれてもご辞退申し上げ続けていたらその内腹話術人形も悟ったらしく以降は打診を受けることもなく平穏な日々が暫く続いた。
 ジャイアンの下で学部を卒業したD(ドイツ)がシュトゥットガルトダヴィデ王のクラスに進学して2年後の1昨年私に訊いて来た。
「大学院の卒業演奏会でシュトラウスソナタを吹くんだけどシュトゥットガルトのピアニストがみんな(難しくて)弾けないって。あなた弾きに来てくれない?」
…ということはダヴィデ王のレッスンにもくっついて行ってご尊顔を拝見するってこと!?ウェ〜。でもシュトゥットガルトのピアニストが誰も(難しくて)弾けないというならしょうがねぇ、(難しくても)弾ける私が行って弾いてやろうぢゃあねぇか。あれから随分経つから大王様も少しは世界というものをお学びになったかも知れないし(実は子供が生まれてから丸くなったという噂を聞いていた)。


私「彼はきっと私のことを憶えてないだろう。」
D「憶えてるよ。僕を嫌ってるかもって言ってた。」


…おお!王様は記憶力のみならず優れた直感もお持ちだったのかッ!


 そして問題の再会。王様は僅か10分のみお遅れになった。しかも事前に遅れてすまぬメッセージをDにおしたためになったッ!!!一体王様の身に何が…まともになられたのに逆にご健康を案じたりして。
 という経緯で危険を顧みずに久々に腹話術人形のお伺いを受け入れてみた。王様がお子様を授かられてのち丸くなられたとは誠か確かめさせていただこうぢゃねーか。
 初日、時間前にレッスンをお始めになったッ!!!一体何事!?腹話術人形夫人の薔薇さん(ペルー)共々まなこを真ン丸にして仰天する。その後もお八つ当たりはなされず真剣にご指導をお続けになり時折り自らお吹きになって示される模範演奏は流石の王様であった。
 昼休みには薔薇さんが昼食を用意してくれるのだがこれが毎回楽しみで…はさておき王様と食卓を共にするなんて恐れ多い…わたくしがお相手ではご退屈なさるだろうと危惧していたら、世間話までご一緒させていただいちゃった。これ程までにお変わりになるとはどれほど長い歳月私は王様を避けていたのやら。
 別れに際しては受講生を前にわたくしめへの感謝の言葉などお述べになり握手までして下さったので、来年もこれまで通りハンブルクに降臨なさるのなら謹んで講習会での伴奏を引き受けてやってもいいよと思っているのであります。