笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

ハイ。

 6月27日、クラリネットのハイ(中国。彼が日本に行ったら自分が呼ばれたと思って何時でも何処でもキョロキョロしないといけないだろう)の卒業演奏会で1曲だけ共演。しかも難しい難しいウェーバーの協奏的二重奏曲。以前何度か弾いたのに練習していて自分がヘタクソ過ぎて生きて行くのがイヤになる。
 入学から3年半彼のピアニストは我等が伴奏グループの主任、おじさんだったのだが今学期おじさんの担当学生が多過ぎた為最終学期だけ私の所に来ることに。おじさんが言うには演奏会は友達と一緒にやるそうだから君が弾くのは非公開試験だけだよ、だそうである。
 ところがハイ君、「僕の卒業演奏会でウェーバーを一緒に弾いてくれませんかっ?」と。おじさん話が違うぢゃないの、と思ったもののこのようなことは頻繁に起こっていたので理由も凡そ見当がつく。すんなり引き受けた。
 彼の師匠のW先生は引退された起き上がり小法師先生の後任にいつの間にやらなっていた。校内無愛想コンクールで間違いなく上位入賞するであろう。過去10年以上同僚の産休やら病欠やらをぜーんぶ引き受けた私がたった一度だけ盲腸で休んだ時のことを、「貴方はコンクールの時にいなかった人ですね。」と言いやがって以来感じわる〜と思っていたがレッスンに付いて行く度に、「貴方が一緒に弾いて下さって大変喜ばしい…。」と相変わらずの無表情で言われた。まあ理由は察しがつくがね。
 演奏会では途中休憩を取った為に終演予定時刻を超え、次に予定されていたピアノの試験官達が何事かと狼狽えだした。お前らは臨機応変という言葉を知らんのか…。
 そして非公開試験は事務局が時間配分を間違えて本来1時間のところ15分で終了。プーランクは序奏部(約20秒)、オーケストラスタディはひとつしか吹く時間無し。兎に角大学院には合格したらしいです。

こうもり変装曲(変奏曲ではない)

6月18日、ザナエ(オーボエ・日本)卒業演奏会。2年半前に我らが憧れのザグレブのオーケストラに合格して今回は演奏会の為の一時帰独(こういう言い方あるのか?)です。試験をする・しないで二転三転有りました(これというのも B先生の 筆不精と忘れっぽさにかなりの比重で原因が有るらしい)が、最終的にはやることに。オーケストラとの両立で準備が大変なのにも関わらず難しく且つ楽しいプログラム!デランドルの序奏とポロネーズはメランコリックな序奏が気に入ったッ!長年弾かずにすんで胸を撫で下ろしていたスカルコッタスのコンチェルティーノを遂に弾く時が来てしまったのはさておき、最後を飾るこうもり変装曲はヨハン・シュトラウスの有名な喜歌劇を高校からの先輩である山洞智さんが編曲したもの。山洞さんご自身もピアノの達人だけあってピアノパートも難しい!
ザナエ自身は、「もう、ホンットに(準備状況が)ヤバいんですよ~!誰にも来て欲しくないです。絶対に誰も誘わないで下さいね!!」と怖い顔で言うものの、合わせてみると以前より表現力が格段に増していてこりゃ~良い演奏会になるぞ~と思い、ザナエのいる前で友達に日程をベラベラ喋ったら、「辞めて下さいッ!ホンッッットにヤバいんですからッ!」と毎回怒られた(でも辞めなかった)。
1曲目のデランドルの後物凄く緊張したと言って舞台裏でフラフラしていたがどの曲もちゃ~んとバッチリ吹いた。こうもり変装曲では事前に友人達に最後のシャンパンの歌の部分での手拍子をお願いしてあった(1番ノリノリだったのは落武者先生)がそれも狙い通り上手くいって大変楽しい演奏会だった。
翌々日にザグレブに戻った彼女は先日オリジナルなこうもり全曲をオーケストラの中で演奏したはずです。変装曲の後だけに余計に楽しく吹けたに違いありません。

ザンデヴァッタとは誰であろうか…

「試験前日はファーレンドルフでの演奏会には出ずに調整したい。」と言っていたザンデヴァッタ君(オーボエ・韓国)ですが、ほんの数日前の最後のレッスンで姐御(フルート・ドイツ)との2重奏を聴いたB先生が、「やっぱりファーレンドルフでこれ吹きなさいよ。吹いた方がいいわよ。」と臨機応変に意見を翻して、姐御共々参加した翌日が彼のソリストコースの卒業演奏会。

修士課程からの入学で、その頃我が音大ではフレンドリーなS(ホルン)、尊大なJ(オーボエ)と悲しそうなY(ファゴット)の何れも韓国からの留学生がいて、オーボエのNさんが彼をして、「SとJとYを足して3で割ったような人ですね!」と称した。
さて初めて彼の合わせの日程をカレンダーに書き込む段になって彼の名前が分からない。韓国人の名前はローマ字にすると時々かなり複雑なのだ(因みに彼の本名はSeokyeonである)。私はNさんの命名を思い出して、「Sandewatta」と書き込んだ。
ドイツ人の名前に見えないことも全く無いとは必ずしも言えないのである。暫くしてカレンダーを眺め、今日5時から合わせをするザンデヴァッタとは一体誰であろうかと頭を捻り、やっと3で割った君だと気付いた時私は幸いにも誰もいない練習室で暫くの間1人笑い転げた。

「ノブエサーン!修士課程の卒業演奏会の日決めましたー一緒に弾いてー!」
「もちろーん!1月24日以外ならいつでも出来るよ!」
「あーん1月24日だー…。」
という恐ろしく運の悪い人でもある。あの時はB先生も、「貴方が出来なくて残念だった。本当に残念だったわ。」と繰り返した。

学内演奏会での演奏がとても良かったのでB先生にやっぱり卒業演奏会でもやれと言われてやったブリテンの現代的変奏曲は落武者先生が思わず立ち上がって拍手をする素晴らしい出来。彼も後は9月の非公開試験を残すのみとなりました。

譜めくり君涙の訴え

遠近法に続いて夏学期に卒業した6人をご紹介しましょう。付き合いの長かった学生もいてオヤジ的感慨も深いです。
譜めくり君(ヴァイオリン・スペイン)は共通の知り合いがいたので挨拶はしていましたが共演は今回が初めて。何故譜めくり君かというと譜めくりが上手いからです。今まではおじさん(私よりも年上なんです)と一緒に弾いていたが彼が多忙なのか他に理由が有るのか演奏会の2ヶ月前に中々難しいプログラムで共演を依頼して来ました。ちょっと遅いんぢゃな~い?と思ったのて直ぐに返事をせず少し焦らしてやれ!と思ったら彼が弾く予定のヒナステラのパンペアーナ第1番を聴いて…!

カッコい~!他の人に取られてたまるかッ!

と慌てて引き受けました(動機はいつも単純)。
4月に緑の党先生(チェンバロ・ドイツ)の計らいで郊外の教会でベートーヴェンソナタを弾かせてもらった帰り、ドイツ鉄道は遅れ過ぎるという話題になり、以前住んでいた所から特急を利用していた時はいっつもアルトナ(昔の住処の最寄駅)とダムトア(学校の最寄駅)の間で既に遅延が…と言うと、
「特急で学校に通ってたの?」とのボケが…コイツ面白いヤツだ、と思ったのです。
師匠のH先生(仮名)の細かい細かいレッスンに遂に頭に来て或る日合わせの前に私に向かって半泣きで1時間近く訴え続けました。彼と先生にとって1番良い状況を考えつつ、演奏会直前のレッスンを上手いこと辞退出来るように祈りました。
果たしてその願いは合意の下実現し、公開演奏会は素晴らしい出来でH先生も喜ばれ一安心。その後念願のザルツブルクの大学に合格してから非公開試験を迎えました。
…長い間ヴァイオリンの試験で弾いていなかったので忘れていましたがバッハもモーツァルトチャイコフスキーも暗譜なんですよね。古典協奏曲1曲でパニックになってたフルートの子達もっと頑張らないと…。
どちらの試験でも終わった後何故か美味しいチョコレートをくれた譜めくり君、修行の場をザルツブルクに移します。

夏学期まとめ・卒業試験以外編。

中間試験はと言えば特筆すべき事は起こらず、フルートの2年生が毎年パニックに陥る古典派協奏曲の暗譜演奏で3人揃ってパニックに陥った事位です。オーボエの学生達は努力の成果を発揮し教授陣と楽しく打ち上がりました。その席で私が貴方達は時々オーガナイズに問題は有るものの…と言うとB先生、
「何ですって!?私達のオーガナイズに問題が!?一体いつ!?」と心外な様子。その向かいに座った3人の学生が揃いも揃って、『この先生自分で気付いていないのかしら…』という表情をしていたのが愉快であった。

学内外での演奏会も幾つか。

5月下旬、毎年イヤ~な気分になる偉い先生達の為の校内自己満足大会本選。それでも共演者達は頑張ったし受賞した学生はオメデトー!でも賞をもらえなかった生徒達との違いは何?とも思った…。

6月4日、再びサラ&カテリナと共に老人ホームで演奏会。他の曲がフランス物やサロン風の作品だったので大昔から密かに好きなゴダールの曲を弾いちゃった。45歳で亡くなった作曲者の年齢を超えた記念に…。カテリナの吹いたビートボックス風現代曲にはお客様も声を上げて驚いたり楽しんだりしていた。

6月10日、毎年恒例の郊外の郊外の教会でのオーボエクラスの演奏会。みんな数日後に試験を控えているだけに仕上がりが良い。これまた恒例のB先生宅での打ち上げでは明日に卒業演奏会を控えて不安一杯のザンデヴァッタ君をみんなで慰め励ます。

6月26日、ギター科の学生達によるポンセの夕べの筈だったが棄権者続出につきアレクサンダー(ウクライナ)とダニエル(ボリビア)の夕べに。私は当初からポンセの協奏曲をダニエルと共演する予定だったが、プログラムが短いのでボリビアの作曲家がダニエルの為に書いたギターとピアノの為の作品も演奏した。ボリビアの伝統音楽を主題にした作品で本番2人揃って凄く上手くいったッ!集中力を使い果たしたかダニエルはポンセにて数ヶ所うっかりミス。演奏後作曲者に送るつもりで2人で写真を撮ったのだが翌日ダニエルからメッセージ。
「ノブエ、僕達の写真は残念ながら良くなかった…作曲者に送りたいんだけど君の良い写真はない?フェイスブックではビールの写真しか見つからなくて…。」
…そうでしょうともそうでしょうとも!

今年の入試は…

大学院独唱部門の入試では同点3位がズラリと並んだらしく当校卒業予定者が同情票を得たらしい。具合先生は、「先生達が高得点を出し過ぎるからこういうことになる。来年から全部抽選にすればいいんだッ!」と半ば呆れていた。

フルート入試。愉快なハプニングが3つ。
1.デュティーユのソナチネを吹いた或る受験者は長い低音をぜーんぶ数え間違え、その都度私は彼女が続きを吹き出すまで待たねばならず、終いに先生達が声を出さずに笑い始めた。
2.バッハのホ短調を吹くと言うので最初の和音を弾いたら半拍遅れて始めるはずの彼女も何故か同時に吹き出し、しかも次に続けないので2人揃って最初の音で止まった。何この人と思ったら、「ごめんなさい!ホ長調でした!」と。
3.「起きて!」という現代曲を準備した受験者。アラーム音と一緒に演奏する為に目覚まし時計をオンにしたら、「ピピピピッ…ピピピピッ…」と当然音が流れ、曲を知らないサンタ先生が、「一体何事!?」と騒ぎ出したのを隣のジャイアンが小声で、「もう始まってるんだっつーの!」と制止。

声楽科学部の入試。聴音・音楽理論で逸材が落選するのを緩和する為か実技試験の直後に各受験者にそれらの試験が課せられた。あまりの出来の悪さに驚いた先生もいたようだが私は出題した先生の真上から目線の方が不愉快だった。

オーボエ入試。先生お2人共今年はなるべく生徒を増やしたくない様子で採点が厳しかった。そんな中落武者先生が或る受験者に注目し、彼を取る!と言って数少ない合格者リストに名前を載せた。結果が出て先生はその受験者に、「おめでとう!君は合格したよ!」と言うと何と!彼の口から出たのは…
「あ、でも僕◯◯◯ー◯の学校にも受かったのでそっちに行きます。」
勿論心証を害した落武者先生、「じゃあ一体なんで今日吹いたの?」と聞くと…
「受験料払ったから。」
一同唖然。B先生曰く、「バカか、生意気か、両方ね!」
全くです。

卒業演奏会(観客編)

 夏学期も残すところ後3日となりましたが、フルートのDが最終日に卒業演奏会をするので私の夏休みは殆ど誰よりも遅く始まるのです。今学期卒業演奏会で共演した学生はDを入れて6人(誰も忘れていませんように・・・)と多くは有りませんがそれぞれに想い出深い演奏会演奏会になりました。近々1人ずつ紹介しようと思います。

 時間と興味が有れば自分が弾かなくても卒業演奏会に顔を出します。ピアノのK先生のお勧めで聴いたチェロのR(ドイツ)は我が愛しのプロコフィエフソナタを演奏。ひとつひとつの音に意志力が感じられ特に第1楽章の終結部で響きが1段広がった時には思わず鳥肌が・・・!隣町リューベックの大学院に進学することが決まったそうで、残念ながらもう演奏は聴けなくなります。
 ハープのL(フランス)とは非公開試験で共演しました。まだ1年生だった彼女が準備段階で非常に苦労した室内楽の難曲を本番で立派に弾き遂げてから3年経ちました。どの曲も良かったですがクルジェネークの現代的なソナタでの色彩感が最も印象的でした。
 猫背君(ギター・イラン)とは共演する予定でしたが曲目変更によって観客に。自分で編曲したバッハのヴァイオリン・ソナタも良かったですがタンスマンのカヴァティーナで時々天国的な響が・・・特に張り詰めた静けさのサラバンドが美しかったです。
 Lも猫背君も会話が楽しく酒も飲める方。共にハンブルクの大学院に進むようなので今後も楽しみです。

 卒業演奏会は修行の成果を発表する場所ですからしっかり準備して思いっきり演奏するのが良いですね。「試験なんて受かりさえすればいい。」と公言するような学生の演奏は聴く人が聞けば直に分かる筈です。