笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

シルデ先生の想い出(1)

 謹賀新年でございます(春の海)。


 大学院時代に師事したクラウス・シルデ先生が先月94歳で亡くなられた。20年近くご挨拶にも伺わず葉書1枚出しもせず礼儀知らずの弟子です。公式に教わったのは1年間ですが修了後にも何度もレッスンしていただいた。謝礼は全くお受けにならなかった。

 シルデ先生は私から見ればかなりの大男で眼差しも鋭く一見怖そうに見えるのだがその印象は外見に似合わぬ甲高い声を聞くと微塵に消え去る。或る先輩は、「先生は声は超音波だからね。」と言われた。
 私は英語もドイツ語も全然出来なかったので先生の仰ることの2割も理解していなかったかも知れないが、それでも多くの想い出のレッスンが有る。最も心に残っているのはショパンの幻想曲を持って行った時で、私が1度弾いた後で先生は言われた。
「この曲は戦争で亡くなったショパンの友人達に捧げられました。彼も一緒に戦いたかったのですが身体が弱くて出来ませんでした。最後の部分は天に昇って行く友人達の魂にショパンが、『バイバーイ!』と別れを告げているのです。』
 先生はピアノを弾く右手を一瞬休め宙に向かって手を振りながら仰いました。
 あれから20数年経ちました。幻想曲は今も私の最も好きなショパンの作品の1つで、コーダを弾く時にはいつもシルデ先生の『バイバーイ!』が聞こえて来るようです。