笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

北欧歌曲を愉しむ

 大昔の話だが10月末、ソプラノのL(デンマーク)の卒業演奏会があった。11月から公開の演奏会は再び禁止され、以降何人かの学生が非公開(一部はライヴ配信された)で卒業演奏を行った。今思えば限られた観客数とは言え、この時期に演奏出来た学生は幸運だった。伴奏した私もあの後人前で弾いていないので、随分時が経った今もこの演奏会の記憶はまだ新しい。 彼女は普段私が担当していない土偶先生のクラスなので、卒業間際になって知り合い、初めてその歌を聴いた。大柄な女性で声も豊かで、舞台に立ったらきっと存在感を示すだろう。
 ただ、土偶先生によると、いつからか心を開かなくなってしまったそうで、レッスン中の空気にもどことなく緊張感が感じられた。当初は7月に試験をする予定だったが、準備状況が捗々しくなかったので土偶先生が説得して10月になったのだが、Lは結局試験直前までデンマークに留まって土偶先生のレッスンは受けず、おまけに曲目の一部を相談無く変えてしまった。爆発しなかった土偶先生の忍耐力に関心しつつ、Lは私が出来れば弾きたくなかった曲(つまり難しい曲)を変えてくれたので密かに喜んでいた。
 プログラムの中で特に楽しく弾いたのはLと同じ北欧の作曲家達の歌曲。ノルウェーフィンランドの大作曲家グリーグシベリウスの歌曲を5曲とスウェーデンのフルメリーの1曲で、実は彼女の出身のデンマークの曲だけ無いという…。シベリウスの『あれは夢だったのか?』はリズムと分散和音が複雑で全然弾けなかったのに当日だけ弾けた。
 多少の付け焼き刃感は否めなかったものの全曲立派に歌い終えた。土偶先生も胸を撫で下ろしたことだろう。殆ど交流の無かった学生なので卒業してもあまり淋しくはないが今後の成長はちょっと気になる歌手だった。