笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

訣れ

 大家さんが亡くなって10日経った。一昨年の3月にコロナウィルスに感染され、かなりの重症に陥って入院して以来とうとう家に戻ることはなかった。

 前に住んでいたお坊さん(フルート・中国)と尼さん(リコーダー・台湾)がそれぞれ別々の街に交換留学する間の1年間だけの予定でお坊さんに大家さんを紹介された時…


『可愛いおじいちゃん!』


と心の中で思った。奥様はスラッとして快活で、或る高校の同級生の言うところの『素敵なおばあさん』とはこういう人を言うのだろうと思った。
 学校から近く部屋も申し分なくふと思った。
『交換留学期間中にお坊さんと尼さんが別れたらここに引き続き住めたりして…。』
 弁解するようですが私は決して2人が別れるのを望んだ訳ではありません!しかし或る日お坊さんが或るSNSに投稿しました。


破局しました…。』


2人共とても良い人なので残念…しかしこの部屋はどうなるのだろう?
 数日後大家さんからお話があり、1年間尼さんが次の部屋を見つけるまでここに住み、その後は君が引き継いでくれていいよ、と言われた。
 2人が別れたのは残念です〜と言いながらここに住み続けられるのはラッキー!1年間はかつての子供部屋に住み、それからまたこの部屋に移ることに。


 年中行事はクリスマス・ハウスコンサートだった。お坊さんと尼さんもやって来て私の部屋で電子ピアノと共にソロやアンサンブルを演奏し、お客さんは大家さんご夫妻だけ。奥様は友人にも聴かせたいわ〜と仰ったがご主人はダメ!僕達が独り占めする!と言い張った。演奏会の後は大家さんの部屋でご馳走になった。ご主人はビールが好きで、奥様はワイン派。
 2019年の演奏会の後に大家さんは仰った。来年は結婚25周年だから別荘の有るフランスでロワール川を舟で渡る計画だと。


 その3ヶ月後、奥様からの不安気な留守電で嫌な予感がしたが、やはりご主人がコロナウィルスに感染した知らせだった。お見舞いにも行けず毎日ただ祈り続けた。キリスト教徒でもないのに意味はないかも知れないけれど毎日教会に行った。


 その間2回、伝統のクリスマスコンサートを録画して病床の大家さんに贈った。完全帰国したお坊さんも中国から激励の言葉と共に動画を送ってくれた。去年の12月には私は久々の1時帰国の日本からピアノパートを送ってリモートアンサンブルにも挑戦。尼さんの編集で楽しい動画が出来上がった。


 先月、奥様は中国のお坊さんは無理としても一昨年・昨年と演奏されたさあクーナをおろしましょうさん(フルート・日本)を含む演奏者を夕食に招いて下さり、一同楽しい時を過ごした。ご主人が転院されたもののお見舞いは相変わらず制限されているから窓拭きのアルバイトをして彼に会おう!彼の部屋の窓だけすごく綺麗になるかもね!などと話しながら。


 それから丁度1ヶ月後、ブレーメンでのオーケストラのオーディションの1次審査を弾き終えた時に奥様から大家さん逝去のお知らせが届いた。


 ロワール川での舟旅をさせてあげたかった。


 奥様は1人には広すぎるからと引っ越すことを決められた。それに伴い私も9年間住んだこの部屋と別れることに。何と奥様が私の引っ越し先を探して下さってあっさりと決まった。これから何年そこに住むか分からないが、ずっと感謝と共に住み続けることになるだろう。


 毎日家を出る時に振り返った玄関のすぐ隣が書斎。その窓から大家さんが手を振ることはもうない。