笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

KANさん逝く

 シンガーソングライターのKANさんの訃報から2週間以上経つ。難病公表時には、「楽観的に待っていて下さい。」と飄々としたKANさんらしいコメントでファンを逆に励ましているように思えたが残念ながら復帰は叶わなかった。

 KANさんと言えば『愛は勝つ』の空前の大ヒットで知られるが私は知人が聞いていた『言えずのI LOVE YOU』を流れ聞いて存在を知っていた(特に気に入った訳ではなかった)。
 『愛は勝つ』は私が東京の高校に入学してからの作品でやはり特には気に入らなかった。高校時代の私は近所のレンタルCDショップに毎週通っては興味のある日本の歌手のアルバムを片っ端から借りてはカセットテープにダビングしていた。今ではカセットテープもダビングも死語…レンタルCDショップなんてまだ有るんだろうか。そういう訳で私の高校時代はJ-POPに明け暮れた。四畳半の部屋はカセットテープで埋まり登下校時も帰ってからも殆ど騒音公害級の大音量で夜中まで聞きまくった。お隣の声楽のKさんすみません…。
 『愛は勝つ』の大ヒットから1年以上経ってから何となくアルバム『野球選手が夢だった』を借りた。私の夢はどちらかというと体操選手だったがタイトルも何となく気に入った。
 個人的にアルバム内の全10曲を好きな順に並べたら空前の大ヒット曲は最下位になるだろう。それ程他の曲が良かったッ!『愛は勝つ』が第1曲めに収録されていたので飛ばして2曲めから聴くことも多かった。
 KANさんの詞は時に格好良さからは程遠く愉快だったり情けなかったり、時には格好つけ過ぎて逆に可笑しかったり(君の方がキレイだよ的なノリ)、でも時には簡単な言葉で語られた真実が深い共感を呼ぶこともあった。彼の歌詞には他の歌手にはあまり感じられない説得力が有った。
 時々、どうすればこんな雰囲気を醸し出せるのかと思わせる曲が有った。『ときどき雲と話をしよう』『Day By Day』『秋、多摩川にて。』などがそれで、明るい曲調にも関わらず切なさが漂い彼の大きな個性を感じた。
 行きつけのレンタルCDショップが潰れたり洋楽への興味が出て来たりしている内にドイツに行く事になりKANさんの作品から遠ざかっていたが一昨年位から動画サイトで私が日本を離れてからの曲も色々聴き始めていた。最も気に入った1曲『月海』の中の歌詞、「君はいないんだね…」をずっと事故死した友人に重ねて聴いていたがKANさん自身がいなくなってしまった。


 『野球選手が夢だった』の前年のアルバム『Happy Title』の最後に収録された『東京ライフ』という曲がある。現代版『1週間』といった感じで東京での日常を取り留めなく綴った歌詞が起伏の少ない音楽に乗せられているが一見素っ気ない歌詞と音楽の中に様々な感情が見え隠れする佳曲で、思い返すと私自身の東京ライフの常に傍らにいた気がする。『TOKYOMAN』では、「明日のことなど誰にも分からない」と歌ったKANさんは私の東京生活を楽しませてくれた1人であった。


 彼の歌を聴いていると泣きたくなる時がある。


 祈りと感謝を。