笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

史上最長演奏会

 『Live Music Now(以下LMN)』という財団が有る。伝説のヴァイオリニストのメニューインの提唱により若い音楽家に演奏の場を!という趣旨である。

 十数年前にヴァイオリンの学生に、
「ピアニストが急に出来ないと言って来て急で申し訳ないんですけど弾いていただけませんか?」
と頼んで来たので予定を色々組み替えて急いで練習して当日会場に着いたらLMNのスタッフが、
「貴方はここで演奏してはいけなかったのです。28歳以下の人だけとメニューインが言いました。」
と言いました。


 これでブチ切れない人がいたらサインをもらいたいです。


 これ以上ない笑顔で、
「では私は直ぐ家に帰るべきですか?」
と言うと敵も去るもの、笑顔の倍返しで取り繕い良くぞ急遽代役を引き受けて下さいましただそうだ。さっきの台詞には何の意味が有ったのやら。
 LMNの趣旨には勿論ですが賛成だが勘違い学生は間違ったプロ意識を身に付け学ぶことを忘れて稼ぐことを覚える。財団側にも上から目線で若い音楽家を養ってやっていると思う人がいる。お互い尊敬を持つことはここでも大切なのだ。


 先日オーボエの元秘書からLMNの役員の女性のご主人の75歳の誕生パーティーでフルートのD(共にドイツ)と演奏を頼まれたんだけど一緒に弾いて!とメッセージが来た。2人は同時期に学部を卒業した後別の町で研鑽を積み今はハンブルクのオーケストラの団員として演奏している。卒業生から共演の誘いを受けるのは(大抵)嬉しいもの。しかし私は年齢オーバーではないの?と訊いたら流石は秘書、
「今回は主催はLMNではなく個人だから大丈夫!」
との答え。


 いざ当日会場の高級ホテル(こんなことでもなければ入る機会は無いであろう)に行ってみると驚くべき段取りの悪さ!大体7時に始まるはずが予定より15分以上遅れて始まった。しかも奥様によると乾杯の後のご主人のスピーチが30分かかるとか。彼女は続けた。
「その後私も一言ご挨拶するけどほんのちょっとだけ、8分程度です。」
…貴方は8分をほんのちょっとと仰るんで!?そういえばDが曲目を相談するのに2時間半かかって私達の食事のメニューを決めるのに2時間半かかったそうだ。


 …いや〜な予感。


 ………


 …いや〜な予感的中。


 8時をはるかに過ぎてや〜っと1曲目を演奏。その後いつ次の出番が来るかも分からず控え室でただ待ち続ける。しかも宴会場の隣だから控え室では練習出来ない。食事は運ばれて来たがパーティーと同時進行だからスープの後メインまで1時間以上かかった。会場の方がパーティーの進行状況を知らせてくれるのだが、
「今スピーチが始まりましてその後が演奏です。でもスピーチが何分かかるかは分かりません…。」
と言った感じ。
 その間管楽器の2人は無伴奏曲を1曲とハッピーバースデー変奏曲(合わせても演奏時間5分程度)を吹いて来たが私は10時を過ぎてこれまでに弾いたのは5分…。
 この地点まではDは疲れた表情を見せ次の出番はいつなの〜と冗談めかして言っていたものの元秘書Fは比較的冷静に振る舞っていたが、最後の1曲を残して終演が間違いなく12時を越える見通しになった辺りから彼女の不機嫌度数が高速加速してDを追い越し、最初に拘束時間をはっきりさせるべきだったのよー演奏時間30分で6時間半拘束なんてありえないわー無駄な時間に2つ下手すりゃ3つ演奏会が出来るわー換算すると時給35ユーロよーバイト並の支払いよー私達はもうプロなのよーと今まで溜まっていた不満が爆発。まぁ全て彼女の言う通りです…。
 それでも遂に12時を過ぎて終わったら飲まずにはいられないわー速攻で穴倉のバーに行きましょうねーと言いながら演奏した『ウィリアム・テル幻想曲』は楽しく素晴らしい出来で流石はプロ!と思わせた。食後のワイン片手のお客さん達にはどう聞こえたか知りませんが。


 かくしてシンデレラ気分などとっくに捨てて3人で激混みの飲み屋で席を略奪し3時まで飲みまくりました。今後も酒ナシで弾いた最も遅い時間の演奏として記録に残るでせう。

 

 …余談だが会場のホテルは12時までしか予約していなかったそうで延長分は会場費も人件費もぜーんぶ予約した人が払わないといけないんだそうです。まさかLMNへの寄付金で賄われたりしないよねぇ………。