笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

旧友の死

 先月、調律師の友人Iさんが亡くなった。まだ60歳位。30年前から知っている人。初めてお会いした時私はまだ大学生だった。3年前から闘病していたそうで一昨年退院して仕事に復帰したと聞いた時には良かったッ!良かったッ!一安心ッ!と思ったがそんな簡単な病気ではなかったらしい。結局最後に会えたのはコロナ禍前の2019年夏。

 酒に強い美食家で良くホームパーティーにお邪魔した。すき焼きやら上海蟹やら良く毎回味音痴の私に高級品を振る舞ってくれたものだ。中でも覚えているのは彼の地元山口から取り寄せた河豚のパーティー。酒にもこだわる人で毎回本当に贅沢をさせていただいた。
 「自分で調律出来た方が節約も出来ていいと思わない?」
と調律法も少し教わったが私には才能と根性が無く上達しなかった。但しドイツ留学へ出発する前日に切れた弦を13本自分で張った(そうなるまで放っておくなッ!!!)のはIさんの指導のお陰である。


 大学卒業を目前に控えた頃仲の良かった2人の先輩とIさんが函館近郊にスキーをしにやって来た。私達は当時両親が祖母の家の近くに所有していた第2の家を拠点に楽しい時を過ごすはずだった。
 だが先輩の1人が錯乱状態に陥った。その時まで私達は誰も知らなかったが留学先での恐しい経験から精神が不安定になっていたそうだ。知識も経験も無い私達は必死の日々を過ごした。喧嘩したり泣いたりしながら、それでもお互いを気遣って。あの時兄貴分のIさんがいなかったらどうなっていたことか…。
 私以外の3人は予定を切り上げて東京に戻ったので、数日遅れてスキーに挑戦しに函館に到着した声楽のOさんは辛うじて駅で彼等の出発を見送っただけだった。その後の函館滞在でOさんが私の沈み切った心を随分助けてくれたことには幾ら感謝しても足りない。


 あれから28年。Iさん以外の3人とは今では大分疎遠になってしまったが、いつかまた集まることが出来たら、とずっとずーっと思っていた。それがもう叶わなくなってしまったのがとても残念である。


 Iさん、さようなら。もう少しピアノ頑張ります。それからもう少し欲張って美味しいもの食べます。


合掌