笑う伴奏生活

ハンブルクから愉快な共演者達を御紹介します。

2015年夏、スピシュケー・ポドフラディエにて。

 思っていたよりも高かったのでまだ切手を貼っていないが遂に後は投函するだけになった。日本の絵葉書をドイツからスロヴァキアへ出すとは滑稽な話だが筆不精の私が一年越しでやっと約束を果たす。
 一昨年程ではないにせよ、昨年も東欧で小さな冒険旅行をした。ウィーンに立ち寄った後、東欧の今回最初の目的地に選んだのはスロヴァキア第二の都市コシツェ。友人が、「すっごく良かったですう!」と言って勧めてくれた街だか本当にとても気に入った。

 コシツェのやや北西にバスで一時間半程行った所に有るスピシュケー・ポドフラディエという街には或る巨きな城の廃墟がそびえ立っている。その名も”スピシュ城”。世界遺産にも指定されており、日本のアニメ映画、『天空の城ラピュタ』のモデルになったという噂も有る。
 決して行き易い場所に建ってはいないので、丘の上に城跡が姿を現した時は、「遂にここまで来たか・・・。」と無意味に充実感がやって来る。最寄りのバス停で下車し、後は徒歩で城門を目指す。
 さて、そこでいつもの方向音痴。城は何処から見ても明らかだが一体どうやってあそこまで登るんだろう?右に行ったり引き返したりを繰り返していたら或る老人が微笑みながら話しかけて来た。70歳は確実に越えているだろう。赤ら顔はもしや真っ昼間から飲んでいるのではと思われても致し方ない。しかし屈託の無い笑顔とはこういう顔の事ではないだろうか。
 彼はドイツ語を解さず、私の知っている僅かな英語にも反応しない。彼が完璧に話す(であろう)スロヴァキア語は、私が一つも分からない。
 老人はどうやら車で城まで連れて行ってやろうと申し出てくれている。どうしたものか。私はスロヴァキアがほぼ初めてで何の情報も仕入れていなかった。以前ルーマニアイカサマタクシーに騙されかかった経験が頭を過る。

 直感に頼ろう。この人はきっと良い人だ。何か起きたら自分の心眼を怨め!

 五分少々で彼は私を城の入り口まで運んでくれた。これだけは事前に覚えておいた、「ありがとう」をスロヴァキア語で言った。今となっては何語でどのように試みたのか知る由も無いが支払いをすべきなのかと尋ねた。運転席に座った老人は変わらず笑顔で、「貴方の住んでいる所の絵葉書を一枚送ってくれ。住所を知らせるから。」と言った。その夢の有る言葉にやはりこの人は良い人だったと嬉しくなり、通じるかどうか分からなくても何でも自分の知っている限りの言葉を使ってお礼を言って別れた。

 立地条件に恵まれているとは言えないスピシュ城だがそれでも多くの観光客で賑わっていた。城の隅々から眼下に広がる風景に酔いしれた。スピシュ城のオリジナルビールはドイツやチェコの物と違わぬ美味しさだった。
 帰りに近郊の町プレショフに立ち寄ってビールを飲み、夕方にコシツェに戻って黄昏時ゆく美しい街を眺めながらビールを飲んだ。

 本当に申し訳ない。ご厚意に甘え乍らあの時の約束を一年以上も実行していなかったとは!この夏一時帰国をした際に両親のこの事を話したら、父にも母にも、「早く出しなさいよ~ッ!」と叱られた。
 富士山の紅葉の絵葉書の裏に、翻訳サイトで調べた、「去年スピシュ城ではありがとうございました!」のスロヴァキア語をボールペンで丁寧に書いた。

 彼が元気でいますように。絵葉書を見て少しでも喜んでくれますように。